危機管理と安全衛星の新潮流
化学物質管理は組織の裁量が拡大
対象物質の拡大で求められる適切な自主性

新建新聞社と旭・デュポンフラッシュスパンプロダクツ株式会社の共催によるオンラインセミナー特別企画「危機管理と安全衛生の新潮流リスクに強い組織になるための要点と対策」がこのほど開催され、今年4月以降の「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令等」の施行に伴う関係法令の改正内容、企業における取り組み事例、防護服、呼吸用保護具などの製品と最新動向について、4人の専門家が解説した。

01
●解説
化学物質規制の見直しと企業の対応状況について

化学物質管理は「法令遵守型」から「自律的管理」へ

中央労働災害防止協会
労働衛生調査分析センター副所長

搆健一

化学物質管理は「法令遵守型」から
「自律的管理」へ

自組織で適正管理できる仕組みづくり

2021年7月に厚生労働省が公表した「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」報告書で提言された新たな考えに基づき、2022年5月に化学物質規制の見直しについて省令改正が行われた。今年4月に一部施行され、残りの規定についても来年4月施行となる。現在も技術事項についての告示・公示が続いており、各企業は引き続き行政情報の収集に努めていただく必要がある。

現在、日本で使用される約7万の化学物質のうち、特別則(特化則・有機則等)によって個別に規制されているものが123物質ある。従来は特化則に個々の対象物質が追加されてきたが、今後は特化則への追加は行われなくなる。現在の個別規制対象物質を含め、譲渡・提供時に文書交付が義務付けられる674物質が当面、リスクアセスメント対象物として規制され、数年後にはその対象が2900物質ほどに拡大される。

今回の「労働安全衛生規則」の改正に伴う変化は大きく3つ。まず、(1)事業者がリスクを見積もって自ら措置をする「化学物質の自律的管理」が基本となる。それに対応して、(2)化学物質管理者を事業場内に配置するなど、事業場の内外から技術的にサポートする人材が整備される。(3)国は通知対象物質の追加や濃度基準値の設定などの必要な環境整備を進める。その結果として、今後の化学物質管理では、個別規制があってもなくても、管理する事業者が必要かつ十分な“リスクに応じた措置”を行わなくてはならなくなる。

(出典:厚生労働省資料)

今回の規制見直しに伴い、企業においては、事業場内に化学物質管理者・保護具着用管理責任者の配置が求められる。これに対して昨年10月以降、中災防でも化学物質管理者研修を始めているほか、各地の労働基準協会やその他の研修実施団体も追随し、人材養成の受け皿が整備されている。

化学物質を譲渡・提供する側には「危険・有害性情報の伝達」を行うことが求められ、危険・有害性情報を入手した事業場は、GHS分類、ラベル表示、SDS(安全データシート)の内容による化学物質固有の情報と、その物質を扱う事業場の情報を勘案してリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて対策・措置を講じなければならない。今後は、法令を読んでも、“こういう換気装置をつけましょう”、“健康診断はこういう項目をやりましょう”といったことは書かれていないと考えるべきである。自分たちで考えることが自律的管理である。

また、リスクアセスメント対象物全般について、ばく露の程度を最小限度にする規定は今年4月から施行されているが、来年4月からは、そのうち一部の物質について、ばく露の程度を国が定めた濃度基準値以下とする規定が施行される。化学物質への直接接触防止の観点からは、「保護眼鏡」、「保護衣」、「保護手袋」の使用が今年4月から努力義務となっており、皮膚吸収性(300物質程度)と皮膚刺激性(50~60物質)については来年4月から保護具使用が義務化される。そのほか、健康診断や、がん等の遅発性疾病の報告制度を整備。また、労働者にがん原性物質を製造したり取り扱う業務を行わせたりする場合は、その業務の作業歴を記録し、30年間保存しなければならないとする対象物質が一般の安全衛生規則にも規定された。

化学物質の管理が適切に行われていない疑いのある事業者に対しては、労働基準監督署長が改善を指示する規定が来年4月から施行される。また、安全衛生教育に関する法令改正でも、今年4月から職長教育の対象業種が拡大されたほか、雇入れ時等の教育についても、従来は業種によって認められていた省略項目の規定が来年4月からなくなり、非工業的業種でも原材料の危険性・有害性を含む全ての項目で教育が必要となる。

有機則や特化則物質は、今後、作業環境管理が適切でないと判断される状態(第三管理区分)を放置できなくなる。外部の作業環境管理専門家の判断や、個人サンプリング法等によるばく露レベルの把握、保護具の適切な使用が必要になる。一方で、良好な作業環境の確立や、化学物質管理専門家の配置の条件をクリアすることで、労働局長による個別措置適用除外の認定を受けられる。特殊健康診断については、特に労働局への手続きなく、良好な作業環境の下で作業に従事する、異常所見がない労働者については、次の特殊健康診断を1年後に延ばすことが可能になる。

化学物質管理は、「法令遵守型」から「自律的管理」への移行の過渡期に突入しており、今後混乱も予想される。自律的管理を負担と考える企業が増え、知見不足による誤りを恐れる場合も考えられるほか、部門間での管理や、講ずべき措置の選択の正当性・透明性・説明責任が求められることになるだろう。こうした状況を受け、中災防としては今後、化学物質管理の具体的な選択肢の提供や、第三者評価ニーズに対応したサービスの提供をすすめるほか、各センターに作業環境管理専門家/化学物質管理専門家を配置し、企業を外部から支援する体制の整備を進める。

02
●取り組み事例
ENEOS川崎製油所における化学物質管理

既存の業務管理システムで改正に対応

ENEOS株式会社
川崎製油所・環境安全1G IHアドバイザー

持田伸幸

既存の業務管理システムで改正に対応

経験生かした定性的リスクアセスメントも活用

今回の化学物質管理の法改正に対する当社の対応は、従来の方法から大きくは変わらない。当社が運用する業務管理システム「SOMS(Safe Operations Management System)」は、操業に必要な守るべきルールを、網羅的に、200の要求事項として明文化し、それらを12の管理項目(エレメント)に分類して体系化したもの。管理項目のうち、化学物質管理に関わる「安全・環境・健康の管理」の「健康」の要求事項には、健康面のハザードを特定し、化学的、物理的、生物学的および人間工学的観点からリスクを評価することや個人ばく露リスクの測定、個人ばく露リスクへの対応などさまざまな内容が含まれている。

(株式会社ENEOS)

当社の現場では、有害因子と有害作業の管理を行う専任の「産業衛生担当者(インダストリアルハイジニスト=IH)」が、法改正前から各事業所に配置されており、外部採用・社内教育の両方で育成している。事業所内で使用する化学物質を登録制にし、データベースに載っていない化学物質は使用してはいけないということを強く推し進めている。新規化学物質導入の際は、申請を受けて、必ず専門家が事前にリスクアセスメントを実施し、現場教育を経て使用される仕組みになっている。知らないところで、知らない物質を扱う状況を回避するのが、この仕組みの一番の目的だ。

当社では、ほとんどの作業が屋外で行われており、屋内作業にとどまらない化学物質へのばく露の管理を行っている。まず「ハザードリスト」とも呼ばれる作業のデータを作り、そこからどのようなリスクがあるのかを抽出し、リスクが高く、定量的な評価が必要と判断された場合に、呼吸域での個人ばく露の測定が実施される。定性的リスクアセスメントを取り入れ、定量的評価によって蓄積される経験から、未登録の物質や従来と異なる作業におけるリスクを、いわば感覚で定性的評価を行うことが多くなっている。ツールや数理モデルについては、実際のところ、あまり使っていない。

リスクアセスメント実施後の対策は「設備の改善」、「作業手順の改善」、「保護具」の順で実施。「保護具」の使用に関してはマスクのフィットテストを2000年代から行っている。保護具の素材と化学物質との相性を確認し、リスクに合わせた保護具を決定することが重要だ。

化学物質管理では教育も重視しており、周知のためのルールを制定し、定量的リスクアセスメント後の対象グループへの説明や、安全衛生委員会などでの全体報告を実施しているほか、新規化学物質の事前教育や年1回の全体教育、協力会社への教育、定期修理前の教育を実施している。

03
●ソリューション
法改正で求められる防護服とは?
~危険を伴う作業から従業員を守るために~

素材の違いで防護レベルが大きく変わる

旭・デュポンフラッシュスパン
プロダクツ株式会社 防護服グループ部長

菊地美穂

素材の違いで防護レベルが大きく変わる

作業環境に適した保護具選び必要

新たな化学物質規制の導入で、これまで以上に事業者の主体的な取り組みが求められている。規制のポイントは、(1)リスクアセスメントの実施義務の対象物質が改正前の674物質から大幅に拡大し、約2900物質まで随時追加されていく、(2)リスクアセスメントの結果を踏まえたばく露低減措置が求められ、事業者に委ねられることから今一度見直しが必要になる、(3)化学物質を製造・取り扱う労働者に適切な保護具を使用させることが求められ、健康障害を起こす恐れのある明らかな物質については義務となる、(4)自律的な管理に向けて、化学物質管理者と保護具着用管理責任者の選任が2024年4月1日より義務化される、という4点だ。

個人用保護具は最終段階の対策だが、素材の違いによってかなり防護のレベルも変わるので、一つ一つ適切に選んでいっていただきたい。例えば、透過現象によって作業者が気づかないうちに(化学物質が)皮膚に接触し、体内に経皮吸収されてさまざまな健康被害を起こす恐れがある。デュポン社のウェブサイト「DuPont™ SafeSPEC™(デュポン™ セーフスペック™)」で耐透過性試験データを無料で提供しており、防護服の選定時に活用できる。

当社の防護服には、性能に応じて「タイベック®」、「タイケム®」、「プロシールド®」の3つのブランドがある。幅広いラインナップがあるのでさまざまな化学物質に合わせて提案できるのが強みだ。

高密度ポリエチレンの不織布である「タイベック®」は、「フラッシュスパン紡糸製法」により強靭かつ高いバリア性と通気性を実現しており、耐水性を持ちながらも透湿性を持つというユニークな性能を持った素材になっている。「タイベック®」を用いた製品としては、「タイベック® ソフトウェア Ⅲ型」というバリア性、耐久性、快適性のバランスを備えた防護服があり、JIS T8115化学防護服のタイプ4、5、6に適合し、タイプ5、6については日本国内で唯一の第三者認証を取得したものだ。

液体防護に特化した「タイケム®」シリーズは、高い透過耐性があるほか、バイオハザードにも対応しており、一般的な化学防護服に比べて軽量で丈夫なことから作業性を確保できる。高濃度無機化学物質に対する高いバリア性能を持つ「タイケム®2000」、有機化学物質に対しても防御性能がある「タイケム®6000」、最高水準の防護服で内側に自給式の呼吸器を備えた「タイケム®10000」の3つの製品展開のほか、「タイケム®」のアクセサリーとして部分的な保護衣も展開しており、作業環境、必要性に応じて選べる。保護具の講習会や着脱デモ等の機会も提供しており、活用していただきたい。

*デュポン™、デュポンオーバル・ロゴ、および™、℠、又は®表示のあるすべての標章は、別段の記載がない限り、DuPont de Nemours, Inc.の関連会社の商標又は登録商標です。

04
●ソリューション
化学物質管理で使用される呼吸用保護具について

適切な保護は性能+フィット性できまる

興研株式会社
安全衛生ディビジョン マネージャー

篠宮真樹

適切な保護は性能+フィット性できまる

日常的なフィットテストが重要

呼吸用保護具の使用は、化学物質管理の最後の砦。実際に呼吸用保護具を使用する際の選択基準は難しい問題で、使用する呼吸用保護具の種類や選択の手順が労働安全衛生法令によって規定されている場合以外は、JIS T8150で定められたプロセスに沿って選択しなければならない。

呼吸用保護具の選択プロセスの基本的な考え方として、「作業環境の評価」、「防護性能の評価」、「防護性能以外の評価」の3段階で進める。さらに厚生労働省等による呼吸用保護具に関連する通達、告示・公示を参考にしながら、実際の選択・使用に努めていく。最近発布された告示のうち、化学物質の管理に関連する「金属アーク溶接等作業を継続して行う屋内作業に係る溶接ヒュームの濃度の測定の方法等」、「第三管理区分に区分された場所に係る有機溶剤等の濃度の測定の方法等」、「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」で、呼吸用保護具の選択・管理の基準が定められている。

まず、化学物質の濃度の測定で得られた値をその化学物質の濃度基準で割って算出した「要求防護係数」に対し、それ以上の指定防護係数を有する保護具を選ばなければならない。また、選択のプロセスには、化学物質管理者の管理と保護具着用管理責任者の連帯が必要になる。

指針では、事業者は、呼吸用保護具の適切な装着を1年に1回、定期に確認しなければならないとされている。具体的には、JIS T8150(呼吸用保護具の選択、使用及び保守管理方法)に定める方法またはこれと同等の方法で「フィットファクター」の値を測定し、選択した保護具がこの値を上回っていなければならない。特に防塵マスクや防毒マスク、電動ファン付き呼吸用保護具については、国家検定の構造規格と国家規格を取得したことを示す合格標章が貼付されていることを確認して選択する。

呼吸用保護具を選択したあとも、その保護具が使用者の顔に合っているかを測定する「フィットテスト」の実施が必要。特に前述の金属アーク溶接作業での溶接ヒュームの濃度測定に関する告示によって、今年4月から金属アーク溶接作業の現場でのフィットテストが義務化されている。フィットテストは「フィットテスト実施者」の資格を持った者が行わなければならないと定められており、中央労働災害防止協会などで実施される講習を受けた人が実施するほか、測定機関、健診機関、マスクメーカーなどにも外部委託できる。当社が運営している「興研CHS CLUB」では、フィットテスト解説動画を無料提供している。

(興研株式会社)

法令に定められていない物質に対して呼吸用保護具を選定する場合、まず「作業環境の評価」で、有害物質の種類、ばく露限界濃度、呼吸用保護具の外側の測定対象物の濃度、IDLH濃度の恐れの有無をそれぞれ確認し、要求防護係数を算出してそれに見合う指定防護係数の保護具を選定する。

呼吸用保護具の使用では、温度環境や湿度環境、物質によって異なる使用時間にも留意しなければならない。呼吸用保護具のフィットの状態を日常的に確認することが重要で、その方法として「シールチェック」が有効。「シールチェック」は、マスクの吸気口をフィットチェッカーなどで塞ぎ、空気の流路を遮断し、マスクの中が陰圧になればフィットが確認できるというもの。学識経験者が発表したデータによると、「シールチェック」を日常的に実施することで、呼吸用保護具の密着性が大きく改善することが示されている。